電子化は、種々の「境界」を曖昧にし、その曖昧さは統合と分散とをもたらす。自明の区分が疑われる一方、相反する視点の循環による併存を可能にする注１。タークル（1998：232ff.）は、違った説を、また時には正反対の説を循環する
並列定義と循環思考とが〈インターネット時代〉の思考であると述べている。メディアの電子化は時に過大評価を受けつつも、社会に一定の影響を与えている。それは、言語表現や言語表現を捉える概念に影響する。本節では「口語体」をとりあげ、電子化が与える影響を現象と概念の両面から論じたい。
現代口語体を、その実証であり、通史上言文一致の最も推し進められた姿であると考えると、その表現特性を、言文一致を手掛かりに考察することには一定の意味があるだろう。実際に、両者には比較しうる点も多い。
「言文一致運動」に交通・流通・出版の基盤整備などの技術的な裏づけがあったように、現代口語体にはコンピュータやウェブという技術的な背景がある。また、言文一致運動には、結果として国家＝国語の統一政策と並行した一側面があるが、現代口語体はウェブでのコミュニティの構成と関わっているように思える。それは、ローカルな集合に地縁・血縁に限らない多様性を与えている（行為が行為者を規定するかぎり、地縁・血縁以外の絆は選択できる）。科学的合理主義を基底にした近代写実主義にあって、実物をリアルに写して見せるスタイルが必要とされたことから、「言文一致体」は文芸領域で先行して探求・完成された。現代口語体は、
山本（1965：5ff.）は、日本近代文体の重要な事象（要件）として、(a)平明性、(b)細密性、(c)俗語の尊重、(d)句読法の確立、(e)客観的描写性、(f)近代的写実のため、(g)個性的を挙げている。本論は、各号に相応して、それぞれの特質をよりよく現わす現代的要因を示しうると考え、そこから現代口語体の表現特徴を把握しようとする。また、上記７号以外の点にも考慮し、あわせて、その表現特徴を捉える概念・視座について考察する。
電子コミュニケーションでは、速度と距離という関係的概念が重要で、時間や空間という名目上の実質的概念は特に有効でない。速度あるコミュニケーションでは、表現は平易であることを目指される。詳しくは本節２項を参照。
言語は、一面、思考を表出し伝達するものであると理解されることがあり、「細密性」は、（日本人の）思考が複雑で精細になるに応じて求められた要素であると見られている（山本1965）。音・画像・触感・匂いなどを伴うテクストのディジタルな表現は「マルチメディア」と呼ばれる。全情報のディジタル化が基本で、テクストはディスプレイモニタに表示される。このとき、可変スクリーンに実現する言語の表現力は、それが連携する他の表現手段の精度にも依存することになる。また、ボードリヤール（1988：58）は、コンピュータのディスプレイは頭脳の働きそのものであり、われわれは、ディスプレイを前にしたとき自らの思考の展開に立ち会いたいという欲求を眺めるのだと述べている。いまや様々な情報が透過するスクリーンは『幕』というよりもはや『膜』
（東1999：161）である。思考や認識を言語化するに細密性が必要だったのならば、それらを見えるようにするスクリーンの性質にも注意が払われなければならない。その性能でさえ、表現と無関係でない（→3.2.2）。
「言文一致」において、俗語は（雅語に対する）日常の口頭語を意味し、ここでは低いレジスターの語を指すが、いずれの場合も、一段低く見做されがちな要素を蔑まずにとりいれている。詳細は本節３項を参照。
句読法の確立は、文章の平明性の獲得に貢献したとされるが、e-textでは句読点の用法に変化が生じると予測される（→3.3）。また、顔文字やAAの使用も指摘できる。前者は山口(2000)に詳しい調査がある。また、しばしば見られる「スキャナ→」「クリ→ム」のような表記は、横書きから生じた変体少女文字
（山根1986）が電子環境に書体の一として定着しているように、（ディジタル）フォントが文字というよりもデザインであることを示すものだろう。文字列を文字と見せる「糸吉 糸昏」「 矢口 言音戈 」の如き文字分解、「ぁゃιぃ」（アヤシイの小書き）など文字の代用（ここでは「し」を「イオタ」で代用）も同様である（→3.3.8）。ここからも知られるように、われわれがフォントに求めるのは、美しさや面白さであって正しさでない。美しさや面白さがそうであるようには、正しさは価値評価の結果でないからである。
また、細かなデータの提示も重要である。一覧と比較の容易さから、ウェブで広告の表現がイメージより価格・性能等の詳細な数値で争わざるを得なくなっているのも一例であろう。また、価格比較サイトと呼ばれるサイト（代表的なサイトは￥価格.comである）では、さまざまな商品の実際の値段を一覧して比較できるようになっている。描写とデータの提示との関係は、事実と客観性への期待という点で、また、言語表現を補う点でも、絵画に対する写真に似ている。しかし、写真の選定が、時に報道の評価を定めるように、どのデータのどの部分を提示するかは発信者の姿勢を知らしめる表現行為となる。つまり、描写の客観性を延長して補うべくデータを提示することは、〈計算された偽善〉注2を含みえ、それはそもそも描写が対象の一部を切り取るものであることによって許されるのである。
近代文学が提示した写実は、日常性の機微や人生の美を描くべく実物をリアルに写して見せることであった。一方、スクリーンは事実上のリアルを映して見せることがある。VR（ヴァーチャルリアル）やMR（ミックストリアル）を含むものは、少なくとも経済原理に服し、なまなましさを備えている。これらのいずれも、常にわれわれの日常的な現実において捉えられるべきもので、その外部に独立し存在するものでない。従って、それらが如何に現実に（或は混同されるほど）似ているかではなく、如何に現実であるかが問われ、リアリティーの強度が方法上の課題にされることになる。ふるく直接民主制下でも、言論がどの程度現実であるかは重要であり、弁論術（レトリック）もリアリティーの強度を問題にしている（トドロフ1987参照）。一方、現代口語体では、リアリティーの強度は扇動的/文学的でないおしゃべりにも遍在するものである。
現代口語体で、スタイルは形式・内容、重要性・無用性、個性的・画一的という並列定義と視点循環とによって理解される。詳細は本節３項を参照。
上記以外の特徴として、ここではハイパテクスト化、待遇の表出をとりあげておきたい。ハイパテクストはe-textの一般的な特徴だが、言文一致に類似現象が指摘できないわけではない。開化期の言文一致論説文に見られる同系文末形式の凝集傾向と文章レベルでの複数文末形式の混用（木坂1976：182f.）など、過渡期的に表現が断片化したことである。言文一致の記述（研究）で象徴的に扱われた文末形式は、一般に、口頭語の冗長さを廃して待遇表出を最低限の状態で実現すべく工夫された結果である。言文一致文に対するかかる修辞的な配慮は、それが特定の場面性を持たず、遮り/異義を唱え/敢然と自説を述べ始めることで話線に介入する受け手の実在を有しないこと、つまり「対話的」でないことを示している（したがって、文章の線的進行に従って書き手の意図を精確に再現する読みというモデルが想定されることになる）。断片化はその途次に起きたことである。一方、ハイパテクストは当然「非線的な表現」と解すべきだが、黎明期の礼賛の中で、ハイパテクストが表現を解体−構築する手段として奨励され
ところで、コミュニケーションには二つの相補的な手段、人間の移動を伴うものと情報のみの転移とがあり、その究極は、ワープとテレパシーの夢想となる（斎藤1999：209）。現実と人間とを忘れたコミュニケーション論は、あるいはオカルトになり、無効なのである（→0.2）。上記の例では、現実の受け手の実在性に対する意識の不足が、一方で表現の断裁こそが本質であるかのごとき誤解、一方で言文一致初期の文章構造の断片化を生じているのである（但、いずれも時間の経過によって解消されたといえる）。
断片の連結は〈大きな断片〉に過ぎず、しかも、受容された表現は〈統一体〉であるから、重要なのは受け手の主体的参与という対話性だろう。しかし、
見てる人の数によって『言い方』を変えりゃいいんだよ…一万人が見る文章ならラジオで放送してるかんじ。で、五人くらいしか見てないなら、ファミレスとかファーストフード店でしゃべってるようなかんじをそのまま書きゃいいわけだし（ウェブより）。
言語は〈時間と空間〉との関係から理解される傾向がある。言語が時間的に産出される差異＝記号であることを線や行のイメージで語り、あるいは、文字言語を、本質的に時間的な言語の空間的な固定であると考えることもあった。しかし、電子コミュニケーションでは、〈時間と空間〉でなく〈速度と距離〉とが基準になる。
通信・交通の技術に対してしばしばいわれるごとく、速度は時間と空間とを消失させる。これは、二つのメタファによって理解される。時間的関係が空間的関係によって理解されることは、人間の認知の示すところだが、速度は時間を瞬間的なものに変え、持続的時間の消失は〈空間のメタファー〉によって、空間の消失とも見做されることになる。また、われわれは「飛行機で二時間」離れていると意識する方が、「直線で1000キロ」離れていると感じるよりもむしろ普通で、空間的関係を時間的関係によって理解することがある。これは「距離は（持続的）時間である」というもので、距離は空間的隔たりとしてより、持続的時間で測られる二点間の接続の容易さになっている。要するに、速度は〈時間は空間〉によって時間と空間とを消失させ、〈空間は時間〉によって距離を空間的関係から接続の容易さに変える。更に、その反転した関係は、瞬間的時間による「速度」と持続的時間による「距離」とを関係づけ、異なる種類の時間を併存させる。これは速度がコミュニケーション様式を変えることと密接に繋がっている。言語表現について考えると、音声はもとより瞬間的且双方向的な伝達を可能にするもので、発信された文字は痕跡として時間の遅れを可能にし、二者間の「距離」を空間的関係の意から接続可能性へと変える。しかし、そこで音声と文字とは異なる「言語」であって、両者の統合は高速な通信網に俟つことになる。電子コミュニケーションが、従来のメディア環境と区別されるのは、話す-聞くことと書く-読むこととの境界を不分明にすることで、同時的で瞬間的な時間概念と継続的で持続的な時間概念とを共存させたことによる。
伝達の速度が、コミュニケーション様式を変えるとしても、情報転送の速度自体は流通の早さをいうだけである。関与するのは同じ人間であり、速度が人間を変えるわけではない。しかし、伝達の速度は、表現を速度において捉えるよう求める。速度が情報に対する受け手の期待を変えるためである。伝達の速度が増せば増すほどに、受け手は更なる速度感と臨場感とを求め、有意な情報を送らんとする送り手はこの欲求を知らずに済ますことはできず、そのための手法を模索し、追及するのである。
速度が感じられるものはリアルで臨場感があり（例：生中継と録画中継との違い）、いまや口語体が用いられる主な理由は、平易であるよりも速く読めるからである注4。近代口語体が平易であることを求めたように、現代口語体は速度あることを求める。われわれは、話すより早く書くことができ（例：定型句・テンプレートの利用やカット=ペーストなど注5）、話す以上の速度で書きコトバを交換できる（例：電子メール・オンライン転送）。そこでは速度あること（
口語調の方が "わかりやすい" というわけではない。口語調では、リズムが強調され、普段の言葉づかいが多用されるため、"読みやすい" "速く読める" のである（沖縄タイムス99.10.20「詩時評」欄）。
テクストの電子化は、(1)生成過程（電子出版・流通）(2)閲覧手段（マルチメディア・ハイパーテクスト）(3)交話機能（対話的文書・機械可読文書）という３段階に区別できる（小町1998）が、速度には、(2)閲覧手段の電子化においてのスクリーンの電光性が関与する。電光メディアでは眼の負担が大きく、速く読める必要がある。例えば、不要に冗長な「軽すぎる」表現は、視覚的コストが不当に高いため敬遠される。しばしばe-mail作法が行幅を注意するのも同様である。口頭語の使用以外に、読む速度に直接訴える手段としてあげられるものとしては、頻繁な改行（htmlでの<br>タグの多用）による行の短い折返しや行末での表記符号の多用がある（例文3.2-1参照）。また、小型で低解像度のスクリーン（例：携帯電話の液晶）では、これらの手法はヨリ必然的であり、そこでは表現に更なる速度が生じ、同時に文章語（文字）が持っていた分析性や反省的思考は減じてゆく。ときには、速度は思考の速度を上回るかもしれない。ブルデュー（2000：45ff.）は、（TVでは）視聴率計算が強いる情報の速度が、思考を欠いた＝紋切り型の思考を繰り返すコミュニケーションを生じるという。同様にヴィリリオ（1998：101）は、リアル・タイムの横暴は、古典的な専制政治とあまりかけ離れていません。なぜなら、そこには、反射的な行動を誘って市民の反省をなしくずしにしようとする傾向があるからです
と警告している。われわれは、しばしばスローガンが平易であることによって煽られるが（例えば、「極右政治家」たちの発言はしばしば驚くほど平易である）、速度あるメッセージにも翻弄されるということだろう。そうならないために、情報の受け手は常に送り手と闘うべきなのである。
スタイルを「内容・実体」に対する「形式・衣裳」として捉えるイメージは古いものだが（バルト1979：106f.）、現代口語体ではなお有効である。この二分法は「内容に適う表現形式」だけでなく、内容を伝えるのであれば形式は自由に装飾できるという理解を生みもする。現代口語体は、スタイルを〈形式〉として捉え、視点の循環によって、〈形式〉の重要性（形式は内容と一致する）と無用性（表現形式は内容に干渉しない）とを共存させている。視点の循環は、弱い定義注6によるものでもあり、「内容と形式」とは単純な二元的構造と見られているのでない。但、本質的に内容のない形式の多層的構造（バルト1979：108）が想定されるのでなく、対立の曖昧さと二者間の無限の往復が確認される。スタイルを〈形式〉の側に置くことは、〈形式〉と〈内容〉との境界の曖昧さによって、それが時に形骸であり、時に内容に入り込むという理解を導く。このことは、現代口語体に、「私話的スタイル」と「
町（1999：267）は、俗語の使用は（広い意味での）グループ形成に関係し人はだれでもグループに属し、連帯感を示すために、俗語とされる可能性のある新語、職業語をつねに作り出している
という。電子コミュニケーションで、書き手と（想定される）読み手とが両者にとって十分に明らかであるとき、すなわち匿名でないかあるいは完全な匿名性が前提されるときには、表現形式の放縦な装飾が私話的スタイルを生む。ここでは表現形式は内容に干渉しないという「スタイルの無用性」がその根拠となる。スタイルが規範に囚われていないという印象が〈現実の書き手〉の印象と直接に比較され、日常的な対面性を作りだす。そこで用いられるのは、例えば、方言・幼児語・語呂合わせ・駄洒落・繰り返される特殊な語尾などの俗語的要素を多く含むスタイルである（例文3.2-2参照）。
また、俗語とされる可能性のある新語
も利用される。それらの多くは宛字・省略・転倒・音変換などの方法で作られるが、注意を要する手段にミスならぬ『変換ミス』
（川上ほか1993：35）がある。誤変換は偶然的なら誤字だが、誤字と宛て字とはもとより連続的であり、もとは誤字であったとしも読み手の解釈は両者の間を揺れ動き、ときには新語を生ずることになる。その背景には、入力方式が仮名漢字変換であること、IMが近代口語体（文章語）を基礎にしていることなどの理由もあって、現代口語体においては俗語・隠語の有力な生産方法となっている。例えば、
のようなものである。このような隠語には意識的につくられることも多い。「氏ね」（＜死ね）「基地外」（＜気狂い）などは、BBSでの使用禁止語の代替表記として、また「部落ら」（＞ブラクラ）などは新造の略語（＞ブラウザクラッシャ注8）がうまく変換できない場合に、変換ミスを宛字のように用いたものである。
他方、電子コミュニケーションにおいて、一定の匿名性がある場合には、スタイルによって人格が設定される。これは、言語表現が潜在的に一人称であることと関係している。いかなる言語理論も、われわれが表現の背後に統一的な個人を想定することを（禁じることはできても）やめさせることはできない。電子コミュニケーションには、グローバルな連携のみならず、匿名あるいは均質なメンバーによるコミュニティが多数あり、特定の型の表現が行なわれる。多くのコミュニティでは「自治」やローカル・ルールがいわれ、暗黙の了解・流儀に反する言動が（特に新規参入者から）なされた場合、他のメンバーの様式としての文章＝文体とは、共通性、同質性を基礎とした部分社会の内部でこそ在り得る
（月村1990：14）から、これは、集団に行動・思考の特定の様式があり、それに見合う表現のスタイルのあることが認められた結果であり、形式が内容に一致してゆくという方向である（行動が行為者を規定し、その逆ではなく、ここでは形式が内容を作るとはいえない）。そして、その中で、人格の設定という〈個性〉の演出が生じてくる。仮構された書き手の、あるいは現実の書き手の誇張された特定の属性を受け手に印象づけ、時に信じさせることが目指される。ネットワーク化された電子メディアの上では、一定の匿名性を前提としたコミュニティが生じる。このようなコミュニティにおける他者は、都市空間の他者に対するMilgram(1977)の"familiar stranger"になぞらえてインティメイト・ストレンジャー
（岡田・松田編2002：62f.）などと呼ばれる。この個人的に親密な他者との関係は、人格の設定にも支えられているといえる。ここでスタイルは、伝達内容に対して本来的に無用のものであるという確信とともに伝達に重用されている。（同一人物の）スタイルを違えた言論は、別の人格によってなされた同質・同内容の伝達でなければならないからである。たとえば、「呼んだか？なんか用か？」と「お呼びですか？なにかご用でしょうか？」とは、対面的コミュニケーションでは〈丁寧さ〉の違いと見なされるだろう。しかし、この発話の対は、電子空間では等価な内容と強さとを持つものとして見られる。それらが同じ強さでありうるようにそれぞれに人格が想定されるのである（例えば、前者は不作法な若い男性の発話、後者は職業的に腰の低い中年男性の発話など）。従来、対面的コミュニケーションで変動するのは〈発話の内容＋発話の強さ〉であり、発話者や人格は不変であった。一方、電子空間で変動するのは〈発話者＋発話者の人格〉であり、〈発話の内容＋発話の強さ〉は不変なのである。これは、行動（アクト）が行動主体（アクター）を規定するということであり、あるいは、電子空間での行動がすなわち情報の発信者となるということである。しばしば日本人は場面に合わせてスタイルを使い分け、欧米人はスタイルの選択で場面をコントロールすると言われるが、現代口語体では、スタイルで人格を設定することになる。
従来、人格の設定が問題となるのは、作者（本を著す者）に関してであり（例えば、『土左日記』の紀貫之、シャーロット・ブロンテCharlotte Brontë、ティプトリー・ジュニアJames Tiptree Jr.など）、あるいは人を騙そうとする悪漢についてだった。事実、電子コミュニケーションでは、中年の男が少女を称すこともでき、スタイルによる人格の設定は、表現が匿名・
本項で見た性質は、新思想を盛る「文体」建設に努めた言文一致と違い、いずれもその無用性を重要なものと見てスタイルの操作に没頭するものであり、そこには視点の循環がある。但、言文一致がそうであったように、現代口語体にもスタイルとしての一般性がある。言文一致には、言語変種と対立する「国語」概念の実現を目指した一面がある。月村（1990）は、文学者が様式としての文章＝文体
という認識を脱して『独自の風』＝文体
という認識に至るには、口語体がひとつの様式から国語という普遍性にまで転移する
状況があったと述べている。スタイルの均質性が階級・地域性を覆い隠す統一性の中で、言語が思想の表現だという自覚と共に「個性」が現れたのである。制約なき均質性の上で、個の確立とありのままの表出が求められ、また「自らの思想」を表明する表現主体は個性的であらねばならず、内容に適う個性的スタイルが模索された。一方、現代口語体は、現行の口頭語と同等・互換的であり、既に全国共通語化された口頭語から均質性・統一性がもたらされる。これが一方で私話性に個別化され、一方で、コミュニティへの特定の変形を伴った分散を介して個別化される。異質なものから共通性を抽出するのでなく、共通性から異質性をデザインするのがディジタル化の特徴だと考えられる（家辺1998：13）。言文一致（近代口語体）では、ローカルな均質性＞統一性＞個人的スタイルという歴史的な道筋があったが、現代口語体では、それらが循環的に共存する。
電子メディアでは、個々の媒体の境界は不分明であり、口頭語と文章語も例外でない。口語体は口頭語の
現代口語体の特徴は、文末・待遇表出の多様性、数値・データの詳述、読む速度に直接訴える手法、俗語・隠語の多用、記号使用の多彩さ、スタイルへの緩い定義及びその重視と軽視との併存、スタイルにおける画一性と個別性との共存などが挙げられる。これらは、それ以前の類例のあるなしにかかわらず、現代口語体にあっては、並列定義と視点循環という現代的思考法、口頭語との直接の互換性、高速な通信技術、スクリーンの性質、電子コミニティの性格など、従来の研究では考慮されにくかった要因から生じたものである。
本節では「口語体」をとりあげたが、電子コミュニケーションの拡散にしたがい、言語表現の研究にわたって現実的・技術的要因に応じた概念の設定や変更が求めらることになると考えられる。
ところで、ICTは言語を変えるのであろうか。しかし、言語がそれ自体として変化するものであるなら、両者に因果的関係はないことになる。仮に言語が絶えず変化するものだとしても、昨日も今日もわたしが同じ日本語を話しているのは事実である。一回性を持つのはわたしの行動であり、言語は単に存在するに過ぎないといえる。言語の変化を問題にするとき、劇的に変化するのは、言語と関わりあうわれわれの振る舞いであろう。われわれは、あるときにある語り方をやめてまったく別様に振る舞いはじめるのである。ICTはそのような契機の一つであると思われる。電子コミュニケーションにおいては、言語（のあり方）が変化するというよりも、むしろ変化するものは言語や言語（の漸進的な）変化を捉える視座なのである。
要約：現代口語体の表現にはさまざまな特徴が見られる。それらの特徴は、言語の枠組みで紙のテクストを対象に研究したかぎりでは捉えられにくいものである。電子メディアと電子コミュニケーションの普遍化は、言語をとらえる視点に変更を要請する。