３章 ３節

０. はじめに

本節では、句読点をはじめとする表記符号について論じる。

句読点は、「言文一致」以来、ことばに一定のリズムを与えるものとして、話しことばと書きことばとの接点にあるものとも思われる。１項から６項では、デジタル環境が表現に及ぼす影響について、句読点を例として事象的に考察する。具体的には、e-text環境で句読法が変化しうることを示し、そのことを通じて言語表現のスタイルに変化をもたらす可能性があると論じる。また、７項では、表現における表記符号の役割について述べる。

１．表現における句読点の問題点

停止させる、切る、再びつなぐ、分かつ、知らせる、念頭に浮かばせる、説明する、対比する、比較する、遠ざける、組み合わせる。句読法は時として語よりもよく、これらのすべての任務を果たすことができるのである（クラレ2001：77）といわれる一方、日本語の規範的句読法は未整備のままである。その背景には、千早（1979：178）が指摘しているように、句読点などの表記符号を従属的で地位の低いものと扱い、例えば、正式の手紙に句読点や濁点（符）を打たないというような慣習の存在がある。この慣習は、同時に、句読点による書き手側の論理や解釈の押しつけは不敬だという理解とも関わっているといえる。他方、句読点や区切り符号の不在は、読み手に〈テクストの改変〉を許すことになるようにも思われる。例えば、土田（1962：6）は、先入観にとらわれない古文書解読の要諦を句読点を打ち変えて考えてみることと表現している。つまり、句読点を従属的と見る姿勢は、規範的句読法は文章の論理的理解に貢献すべきであり、読み手の理解を妨げない範囲で行なわれなければならないという観点^注1を導きやすいのである。このことを文章作法とは異なる点から見れば、〈句読法は書き手と読み手との力関係の交差する点である〉ということになろう。また、句読法の適用は一種の修辞でもある（文部省国語調査室1946）ともされるように、句読法に見いだせる言語空間の表現性は、時間的性質の線的現れをめぐる議論を必要とするものと考える。

• １）例えば、影山ほか（1989：41）は、読点の多用は文学では独特のリズムを生みだすことがあるが、実用的な文章では理解を妨げるので避けるべきであると教えている。

かつて、ワードプロセッサが言語表現のスタイルに影響するか否かは盛んに論じられた。小関（1993：265f.）は、ワードプロセッサは筆記用具としての表層的側面からだけでなく「文章の物理的前後関係と執筆者の作業との関係の構造的革新」を通じて表現を変えるという意見を述べている。そして、e-textでは、読み手の作業を含んだ構造的革新が生じたのである。ICTがコミュニケーション行動領域を拡大し、書き手と読み手との力関係を再編成するとき、言語表現にも一定の影響が考えられる。

２．スタイルと筆記用具

すでに、ワードプロセッサは、流通の外形を専用機から（パーソナル）コンピュータに移したものの、ワードプロセッサが日本語のスタイルを（大抵よくない方向に）変えると主張されることは少なくない^注2。ワードプロセッサがスタイルを変えるという主張の背後に、文科系の〈本質的な機械嫌い〉と〈機械への恐怖〉とがあると反論されもする^注3が、金ほか（1994）によって、ワープロ作文と手書き作文とでスタイルに変化が生じないことは実験的に確認されている。ワードプロセッサを筆記用具としてみる限り、それがスタイルを変えることはない。つまり、筆記用具の変化は、書記空間の革新と結びつかないとき表現を変えることはないもので、実際に、鉛筆とシャープペンシルとがスタイルを分かつといった類が実証されたことはないのである。

• ２）最近の論では、石川（1998）および同じ著者による一連の批判などがある．
• ３）科学技術というやつは、ほっておくと壁のむこうで暴走し、事故と社会構造の変化という厄介な問題をもたらすだけだ、という不信感が残っている…ワープロを使うと文体が変るとか、日本語が変るのでは、という危惧には、この不信感と共通したものがあるように思えてならない（中野1992：208-210）。

３．スタイルとコンピュータ

本稿では、筆記用具としてのワードプロセッサでなく、〈行動支援機械〉としてのコンピュータ――特にネットワーク化されたコンピュータがスタイルを変更する可能性について論じる。手掛りはe-textとタイプライターとの比較に求められる。

しばしば指摘されるように、電子メールは独特の話しことば体やレトリックを生み出している。話しことばと書きことばとの違いをコミュニケーションにおけるスタイルの違いであると考えると、新たなコミュニケーション領域を開拓する電子メールが新たなスタイルを創出することは、特に驚くべきことではない。例えば、茂呂（1997：59）は、パソコン通信の言語が書きことばと話しことばのハイブリッドなレジスターであると述べており、また、20世紀初頭に、英語のスタイルはタイプライターの普及によって質的に変化したものとされている。タイプライターによる肉筆原稿の活字化が、英語の句読法を論理的句読法に再編し、結果として文の短文化と構造変化とをもたらしたのである（外山1997、山中1998）。以下の項では、この事例を参考に、電子メディアにおける句読点と句読法との考察を通じメディアとコミュニケーション行動領域の拡張がスタイルを変更する可能性を検討する。

４．日本語表現における句読点の役割

句読点などの表記符号は、日本語表記に欠かせない要素であるとともに、一定の表現特徴として指摘できる可能性を持つ。木坂（1976：7）は以下のように指摘する。

われわれは文章という言語空間を、読みの流れによって一つのまとまった意味として理解するとともに、その空間に配置されたことばからある力を感じる。この力も言語空間の表現性のあらわれである。しかもこれは、ことばの間隙や非言語形式にも存在する…言語空間の表現性は、いわゆる諸符号の用法にも認めることができる。

このことは、読み手の能動的な働きが支えるe-textでは、さらに強調されなければならない。実際に、ウェブ上の文が句読法のために読みにくいという意見は少なくない^注4し、同一書き手の手紙文と電子メールとを比較した場合、句長がいずれも短くなるという事実も指摘できる（拙論1999：32ff.）。このようなことは、句読法が、読む行為の実現に直接関わる事実であることとともに、e-text環境で句読法に一定の変化が生じている可能性を示している。

• ４）最近気になって仕方がないものがあります…最近増えたMMやあちこちの掲示板を読むと『点』が多すぎて時々読むに堪えないものがあります。MM・掲示板・個人の日記公開サイトなど、誰でも簡単に自分の文章を一般に公開できるようになったのですから、もうちょっと読み手を意識した正しい(?) 書き方をしてほしいなと思います。『日本語って難しい？やさしい？』第48号（電子出版）

文中で読点の置かれる位置に関する表記上の規範は確立していないが、同時に、文章作法は、読点の少ないことをよしとする傾向が強い。文章作法書は、たいてい読点に関して以下のいずれかの立場をとる^注5。

1. 書くときのリズム，息継ぎとして打つものである
2. 読むときのリズム，息継ぎとして打つものである
3. 視覚上の効果，美的な配慮として打つものである
4. 文章の論理構造を明示するために打つものである

• ５）筆者の書架にある文章作法書のうち句読点に言及しているもの12冊を分類した．

このような分裂の中に、句読点の表現性という問題の様々な要素が含まれているのだろうが、ここでは日本語では主として息継ぎによって読点をうち、多義を防ぐ手段として構造的句読法を併用するのが通則である（山中1998：214f.）ことを認めたいと思う。計量文体学は表記符号を最もしばしば利用する研究として挙げられようが、計量研究もこのことを支持している。金ら（1993）、村上（1994）によれば、読点の位置と頻度とは、書き手の殆ど体質的な個性を反映するのである。また、(2)は、「息継ぎ」あるいは「リズム」の問題として (1) に関連しており、これは、読み手への配慮（論理構造の明示）でなく、読みに障碍を設けることで息継ぎのタイミングとリズムとを生み出すのである^注6。(1)のように用いられたと見做される句読点も、読みにおいては同様に機能するはずであるから、(1)と(2)とを読点の用法の基本と見做してよいことになろう。

• ６）本多（1984）は、ジャーナリスティックな文章のための句読点の「技術」を求めている．但、報道文スタイルは、伝達効率に奉仕するものでなければならないので、句読法は文の分かりやすさを保証するというより、読みの速度をコントロールするものと見た方が良い．また、リファテール（1978）が読みにおける反応時間を文体分析の足掛りにすることも併せて考えられる．

読点に、書き手の筆癖が強く現れるのは、一に自由度が高く、一に無意識的な行為によるからであると推測される。文頭・文末位置での禁止など、限られた規則の外では、読点の打ち方は自由であり、その自由度の中で、文中の各地点における読点の生起確率が定められていることになる。例えば、並列関係を示す表記における語句の切れ目ではその生起確率が極めて高く、語の内部では極めて小さい^注7。言い換えれば、文構造が生起確率を定め、確率に対するその現れを一定の水準で決定するところに書き手の個(別)性が見いだされる。

• ７）「民主、共産、社民各党は…」のような表記は普通だが、「民主、主義の原則は…」のような表記は異常である。

以上のことを踏まえ、ここでは、読み手の読みの速度をコントロールするために書き手がテクストに仕掛ける物理的な（表記上の）手段が句読点であると考え、その現れ（パタン）が書き手の個（別）性を反映するものと見ることにする。

５．句読法への表現上の制約

読点の用法に関する制約は、寧ろ、正書法にでなく、印刷技術に見出される。組版によって、視覚的に許容される一文の長さには、おのずと制約が生じる（家辺1998：83）。合理的に考えれば、縦書は横書に較べて可視領域に収まる文字数が少なくなり（われわれの両眼は横方向に並んでいる）、また、段組は視覚的に捉えうる文字範囲（可視領域）を拡大する試みであると思われる。ここから、組版と文長との一定の関わり（文長において：横＞縦、二段＞一段）が予測される。

では、縦書と横書、一段組と二段組とで一文の長さにどのような違いが生ずるであろうか。同一書き手の異なるテクストについて、組版と句読点の生起頻度との関係を調べると、表3.3-1および表3.3-2のようになる（ただし、句点間の字数を文長、読点間の字数を句長と呼ぶものとする）^注8。

• ８）『日本語表現法論攷』等を資料にした。

句長の算術平均がほとんど変化しない一方で、文長の算術平均は組版形式によってはっきりとした特徴を示す。文長は、ここで立てた４つの形式についてみるとき、横書２段組が最も長く、以下、縦書２段組、横書１段組、縦書１段組の順になる。これは予測に一致するものといえる。また、書字方向と、段組数とについてみると、文長における大小差が、縦書／横書よりも１段組／２段組で大きくなることから、文長に関して段組数の限定がヨリ大きいと推測される。組版は文長の上限を設定するよう機能していると思われる。

以上の調査結果によれば、読点の打ち方が書き手の個人的な筆癖を反映しているのに対して、一文が含む句の数（文長と文構造）は組版の形式を反映しているようである^注9。したがって、印刷という工程で書字方向・段組数が固定されているとき、文構造がその形式に応じて変化しうるという事実が指摘できよう。

• ９）但、このような外形的特徴が、「表現主体」の意識的な配慮によって生じているのかという問題は、特別重要でない．いずれにせよ、表現主体について検証された問題は、e-text環境で直接比較できるものではない。

６．e-textにおける句読点

前項で見たように、読点の用法は書き手の筆癖と組版の形式とに制約されていると考えられる。しかし、印刷形式に応じた句読法と文構造との変動は、e-textでは失われるのでないだろうか。e-textは、読み手が読み方を自己決定しうるという特性を持つからである^注10。一方、e-textにおいても、句読法は体質的なものでありえよう。読み手の自己決定が尊重されるとき、それは、文の分かりやすさに貢献する書き手側の技術でなく、書き手の意識的選択、あるいは（組版形式などに対する）無意識的選択でさえなく、単に書き手の筆癖を表わすものとなるよりないだろう。そのため、計量文体学にヨリ本質的な因子となりえ、筆癖は、書き手の身体の反映というより、数的な記述に置き換えられることになるだろう。

• 10）始まりと終わりとを持つ文章という単位は、読み手の参加以前には自明でない．文章のはじまりは読み手が読み始めた任意の地点であり、終わりは読み終えた任意の地点であるとしか言えない．

では、組版が与える制約の喪失は、書き手の筆癖の露出とともに、ひろく日本語の長文化を招くことになるのであろうか。e-textでは、テキストに外形を与えるものは読み手の読みであり、組版の持っていた書き手への制約を読み手が担うことになる。これは、書き手への制度的な制約を課すべく読み手に当然与えられるべき権利の主張といえる。具体的には、長文（不当なコストを要求する言語行為）への抵抗であり、利用しうる文構造の制限ということになろう。このような読み手の短文化の要請によって、それが組版による制約の喪失による長文化の方向と抗争することにおいて、文長に劇的な変化が生じることはないはずである^注11。

• 11）現状は、書き手と読み手との関係の中で、新たなスタイルが模索されている段階であるとも言えよう．電子メールでは、手紙文や論文と比較して、文長自体に関する傾向は明確でないものの、短文長（50字以下の文の文長）の低下・長文率（50字以上の文の出現率）の増加という一見相反する事実が指摘できる（拙論1999：33-6）．ここで「長文」の定義は、前川（1995）による．

但、組版の制約と読み手の制約とでは質的に異なり、前者が（固定的な形式による）段階的な制約であるに対して、後者は（可変的形式による）斉一的要求であって、このことが文長の標準化を導くと見ることは、理に適っている。前川（1995）は、文長の偏差の大小は、計量的特徴を構成するとする。つまり、長文を許容しないということは、あらゆる発信点におけるヨリ一般的な文長・文構造の標準化であるとも言える。したがって、e-textは、文長の偏差をひとしく圧縮することで、スタイルに一定の変化をもたらすと考えることができるのである^注12。

• 12）付け加えれば、このことは、相互に置換されるものであるべきハイパテクストで、質量両面にわたる文の均質化が目指される（淘汰圧が加わる）ことの一側面であると見做すことができよう．

７．句読法と文のスタイル

句読点の問題に関しては、以下のようにまとめられる。

句読点には、書き手の個性が反映する（書くときのリズム）とされるが、また、句読法は、分かりやすさに奉仕するというより、読み手の読みに対して障碍を設ける実践的な技術である（読むときのリズム）。句読点の用い方には確率論的な格子があり、その範囲内において特定の度合で生じている。その限り、そこでの「個性」は計量的手法によって明らかにされ、それが表現主体の意識的選択の結果であるとする解釈に、特別な意味はない。

句読法には別の角度から焦点を当てることもできる。句読法は、そのe-text環境での変化を通じて、言語表現のスタイルを変更する可能性を持つ。本節では、句読法の変化を促す事象的な要因のひとつとして、組版と句読点頻度との関係をもとに考察した。このことはワードプロセッサが言語表現のスタイルに影響するか否かという問題の回答を含んでいる。筆記用具としてのワードプロセッサはスタイルを変えないが、ICT（情報通信技術）はコミュニケーションのあり方を変更し、書き手と読み手との力関係の再編成を通じて、ついにスタイルに変革をもたらすと考えることができる^注13。言い換えれば、道具は個人のスタイルを変えないが、言語のスタイルを変える可能性があり、問題が筆記具＝表現主体の選択にでなく、メディア＝書き手・読み手間の関係にかかるものであると教える。実際に、筆記用具の変化は、書記空間の革新と結びつかないとき、表現を変えることはない。

• 13）音声入力の技術も進歩しているが、最も一般的な方法とはいえない．本論ではキーボードによる疑似書字行為を前提としている．

コミュニケーションがコントロールであり、テクノロジーも人間を支配するのだとすると、そこに技術と通信との結合の必然性が生じると考えることは理にかなっている^注14。われわれは、それが重要なものであるほど「単なる道具ではない」と言いたがる。しかし、技術の産物は、たいてい単なる道具であり^注15、重大事が世界の解釈でなく変革であるとすれば、単なる道具こそが物理的現実を再配置し、行動を変化させる。使いにくい道具が使用機会を減らす一方、使いやすい道具は物質的現実を変え、行動の可能性を変えてゆく。コミュニケーションにおいても、道具が表現を変化させることがあり、メディアの問題と見るときにワードプロセッサはコミュニケーション行動領域を変化させるが、その変化は、書き手-読み手間の力関係の再編とともに考えられなければならない。そして、その変化が、情報へのアクセス方法の変化^注16を意味することは明らかなように思われる^注17。問題が言語に関わる場合に「言語文化」を擁護する立場からなされるという批判に対しても、その矛先となる技術的不備が大抵直ちに解消されうるものであり、実際にそうされてきたということは軽視されてよいものでない。一体、技術の進化は〈言語変化〉より速いのである。

• 14）卑近な例を挙げれば、コミュニケーションを支えるインターネットおよび関連技術は生活環境のコントロールに利用されてゆくだろう（家庭内LAN、家電製品のオンライン化）。
• 15）技術のカバーする範囲の拡大を進歩の階段とみるか破局への道程と見るかという議論以前に、人間が局面から後退してゆくわけではなかろう。
• 16）この点では、言語も情報にアクセスする方法のひとつであり、情報へのアクセスを統制しようとする権力との必然的関係も生じる。
• 17）卑近な例を挙げれば、高速回線（および通信サービス）の普及によるコンピュータの連続起動によってコミュニケーション行動はさらに拡大する。

８．文字と表記符号

一般に、文字は概念的意味を担うと捉えられ、表記符号は概念的意味を持たないため、表現にとって周辺的なものと見做されがちである。加藤（1977：184f.）は次のように述べている。

文章表現では、当然文字が主役であり、符号はその脇役であるにすぎないと、一般には思われている。しかし、符号がなかったり、あるいはその使われ方が適切でなかったら、文脈の倫理的な関係を把握することが困難になったり、読みにくくなったりする。…書き手が意識的に符号を用いるようにならなければ、符号の持つ、文中の役割が、正しく認識されることがないといってよい。

但、表記符号の適切な評価は、表記符号に「意味」を与えて、文字と同じ待遇に引き上げることによってなされるのではないだろう。実際には、表記符号が周辺的要素と限らないことは、両者の歩み寄りによって明らかにされていると考えられる。すなわち、絵文字を文中に挿入し、また、文字を絵文字的に使用することである。

スマイルマーク（ :-) ）から発展したものとされる顔文字（フェイスマーク）は電子コミュニケーションに定着し、広く見られるものになっている。顔文字には、

などがある（顔文字については４章３節も参照）。
また、

のようにカッコつきで感情要素を付記する表記も一般に用いられる。これは、顔文字と併記されていた文字（テキスト）要素が残存した一種の省略表記と見られる（この表記については岸本2000に用法の詳しい分類がある）。顔文字は、表記符号（の組み合わせ）を図像《イコン》（絵画的イメージ）と見立てることだが、表記符号や文字を別の文字と見立てる表記もある。

コンピュータの上で漢字を扱う場合、字種には制限が伴う。例えば、「（JIS第3水準1-85-37）」や「（JIS第3水準1-92-80）」などJIS第二水準までに含まれない漢字は、通常の方法ではコンピュータ上に表示（入力）したりコンピュータから印字・印刷（出力）したりできなかったために、さまざなま代替手段や代替表記が行なわれた。プリントしたものが必要な場合には、入力できない漢字をブランク（２バイトスペース）で処理し、プリント後に手書きで修正したり、活字で印字したもの（書籍からのコピーなど）を貼り付けたりすることが行なわれた。また、電子メールや電子掲示板などディスプレイ上の表示が問題になる場合は、「久野ススム」「トウ小平」のように片仮名表記語（→1.3）にしたり、本文を「久野●」「■小平」とし「●は日偏に章」「■は登にオオザト」のように注記することが行なわれた。また、後者の場合、漢字のイメージを伝えるために
「久  野  日章」＝久野
「登β  小  平」＝小平
のような方法が行なわれることがあった。このような方法は、「里予  木寸」などのように通常の方法で入力できる文字に対しても行なわれる。文字分解は、隠語（女＝「くノ一」）や字源の俗解（「木の上に立って子どもを見守るのが親である」「人の言うことを信じる者が儲かるのです」など^注18）の類に古く見られるものだが、現在ではコンピュータ上の文字遊びとして定着している（文字分解については２章２節も参照）。このような表記符号・文字を文字と見立てる表記はさらに「判じ物」化し、01年末ごろに現われた表記は「ギャル文字」などと呼ばれた。例を挙げると、

のようなものである。

• 18）例文は阿辻（1994）による。

携帯電話によるメールやメッセージの交換では、絵文字は欠かせない要素となっている。携帯電話機には「絵文字」が多数登録されており、各メーカーがその種類やユニークさを競っている（絵文字は競合各社を通じて数百から1000種類になるともいう）。また、携帯電話の機種依存文字である絵文字をコンピュータ（パーソナルコンピュータ）の上で表示するためのソフトウェア（外字のセット）もさまざまなものが配布・販売されている。絵文字が、顔文字の類と異なるのは、顔文字が主に文末に使用されるのに対して、絵文字は文中にもしばしば使用されることである。以下にいくつか例を挙げておく。

1. して！（電話して！）
2. 行かない？（カラオケ行かない？）
3. レポート完了〜
4. 気分いいっス
5. 飲み会いつだっけ？
6. ラブラブだよ

日本語の表記の中に使用された絵文字は、文脈に依存する度合いが大きい。絵文字は、あるときには漢字や仮名の代用であり（上例1.2）、あるときには顔文字の代用であり（上例3.4）、あるときには振り仮名やルビにも似ている（上例5.6）（振り仮名については→3.4）。ただ、このような多様性は顔文字の使用にも見られるところであり（→3.2-1、→3.2-2、→4.3.1、→4.3.2）、表記に絵画的イメージを付加するという点では両者は連続した存在である。

絵文字による表記が広く行なわれる背景には、日本語の表記体系を構成する主要な文字体系（漢字と仮名）が同じ正方形内に収まるデザイン（方塊性）を持っていることがあげられる。この性質によって、種々の絵文字が日本語表記の中に無理なく挿入できることになる。近年のトンパ文字（例：［遊］［大］［月］）などの象形文字（表意絵文字）の流行も、同じ特徴によるものだろう。文字の方形のデザインは、もともと原稿用紙の普及に貢献したものだが、現在では「原稿用紙10枚程度」といった執筆分量の指定に直感が働かない世代が増えている。日本文字の方塊性に依存した商品は、原稿用紙（紙のメディア）から絵文字（電子メディア）に移っているのであり、電子メディアをめぐる市場規模も絵文字の普及を加速している面がある。

９．句読点と表記符号

句読法について明らかにしたように、筆記用具の変化は表現に特に影響を与えるものでないが、メディアを通じた書記空間の革新は、新たな表現を生じる潜在的可能性を持つ。句読点のような表記符号は、概念的意味を担う文字に対して周辺的なものと見做されがちだが、文字をメディアの問題としてみる場合には看過できない重要性を持ちうるのである。そもそも文字は本質的に言語的意味と絵画的イメージとの両義性によって成り立つものなのである（→3.4.3）。この性質を利用した表記法は、新しいメディアの上に成立する電子コミュニケーションにおいて積極的に利用されるようになっている。