本節では、
１項から７項までは、隠喩が字義通りの意味しか持たず、特定の認知内容に還元できないことを確認し、コミュニケーションにおける書き手と読み手の力関係の上に成り立つものであると論じる。
８項以下では、換喩との関係で位置づけにゆれのある
ブラック（1986：3）は、「隠喩の概念」を研究する際に問題となる７つの問いを掲げている。
「ある事例が隠喩であることを我々はどうやって知るのか」「隠喩であることを見知るのに何か基準があるのか」「隠喩は本義的表現に言い換えることができるか」「隠喩は『無色の意味』に付け加えられた装飾と考えてよいか」「隠喩と直喩にはどのような関係があるのか」「もしある隠喩が『創造的』であるとすれば、それはどのような意味においてか」「隠喩を用いる際の眼目は何か」
この一覧が、隠喩に関する問題のすべてであるわけではないが、いずれも重要なものと考えられている。本節の議論は、以上のすべてに明確な解を提示するものではないが、
まず、本論では隠喩を次のようなものであると考え、以下の項で詳しく論じてゆく。
隠喩は、事実の言及である。その点では――現実世界で偽となろうと、字義通りに真となる想像上の可能世界において受けとられようと――隠喩は〈字義通りの意味〉注1しか持たない。しかし、単に字義通りに受けとるだけならば、それを隠喩と呼ぶ必要はない。なんとなれば、事実を誤認した言明と隠喩とは解釈において明らかに区別されるのであり（例：「山猫は狼である」・「男は狼である」）、しかも、偶然的もしくは非意図的な隠喩は紛れもなく存在しうる
（ビアズリー1986：40）のである。隠喩は、隠喩として解釈され、それ以上の効果を持つが故に隠喩なのである。この点で、隠喩であることは、形式によってでなく参与者間の力関係によって決まると考えられる。隠喩は隠喩として解釈されるものであり、隠喩の解釈者は人間でしかなく、われわれは可能世界（そうでありえた世界）と現実世界（そのようである世界）との関係を日々打ち立てながら注2、極めて常識的に生活している。隠喩は、聞き手の日常性を脅かす面があり、聞き手は日常性の枠内で最も合理的な選択として「直感」を用いて常識的に解釈しようとする。そのとき、既存の解釈装置を利用して、常識に訴えることも少なくない。その点で、隠喩は約束や嘘と似ている。われわれは、現実世界の常識によって注3、隠喩を類似性の指定であるととる。例えば、「男は狼だ」は隠喩でありうるが、「男は狼の一種だ」「男は狼の類いだ」「男は狼と同じだ」がそうだとはいいにくい。これは、形式の問題ではなく、後者が日常性を脅かさないからである。しかし、後者の表現も隠喩的なものであるということはできるであろう。隠喩の本質は隠喩として解釈されることだが、隠喩の解釈過程は類似性や類包含関係に関する認知過程を含むことが多いのである。類似性の指定であるという解釈を導くことは、隠喩の効果の一つであるといえる。隠喩は、その解釈に特別の経路があるのでなく、読み手において、その常識を脅かさないよう合理的に解釈されるときに様々な経路をとるものと考えられる。そして、そのときに読み手の用いる戦略が類似性の指定と受けとることである。他方、書き手が採用する戦略は、意図した認知内容の伝達でなく、隠喩が〈推論を用いて特定できる根拠を持つ〉と信じさせることである。隠喩が類似性の指定と解釈されるとき、「ＸはＹである」という表現形式の隠喩注4は「ＸがＹにＺにおいて類似していると見做す」という３項関係に組み替えられる。ここで、類似性が三項関係として提示されていると考えることは重要である。ブラック（1986：13）は、隠喩が隠れた類比または類似を提示することだとする考え
を比較説と呼んでいる。しかし、これは対象Ｘと対象Ｙとがｐを共有している、あるいは、対象Ｘにおけるｐは対象Ｙにおけるｑであるという関係で、本質的には二項関係である。そのかぎり、ＸとＹとは互いに似ているがゆえにｐを共有しているにすぎない。一方、Searl(1979:101)も類似性が隠喩の了解においてはしばしば一役買うとしても、隠喩的言明は必ずしも類似性の言明ではない
と指摘しているように、隠喩の解釈では、類似が成り立つための視点として第三項Ｚが求められるのである。つまり、ＸとＹとは、Ｚによらずに互いに似ていることはないのである。ここで、隠喩は「事実の言及」であるので、整合的な説明としては事物の中/間に探索されるべきだが、語の中/間に探索するのも読み手の裁量といえるだろう。但、多くの隠喩は、ＸとＹとを入れ替えることができない。例えば、「男は狼だ」と「狼は男だ」とは等価に受けとられはしない注5。これは、視点Ｚの主観的な構成を通じ、Ｘをそれが持ちうる性質を備えたＸという個別例、ＹをＹに含まれる個別例が持ちうる性質を備えたＹという部類として理解するということを意味している（この点については、Glucksberg and Keysar1990も参照）。このことから、例えば「男は狼だ」の隠喩としての解釈では、〈男には一種の狼であるものがある〉という点から類似性の探索をおこなう可能性が生じる。そこでは、ＸにＹが適用されると同時に、ＹにＸが適用され、類似性の探索は双方向に行なわれる。この点で、隠喩は〈見立て〉注6であるということができる（ＺにおいてＸをＹとして見る）。あるいは、そう仕向けることによって、意味空間を探索する読み手を表現に呼び込むような種類の語用である。Ｚは可能性の範囲が無限であり、醜い家鴨の仔の定理
（渡辺1978：90ff.）で任意の対象（複数）に等しい類似性の示しうること（あらかじめ述語の間に価値による重みづけがある場合は除く）が証明されるように、形式的に決定できるものでないからである。また、例えば〈Ｘ：男〉が、最適と仮定された基準〈Ｚ：獰猛さ〉について、虎よりも〈Ｙ：狼〉に似ているという類いの事実も証明できない。特定の何かに最も似ているものといったところで、その度合いは究極的に無限小の差異によるものなのである。結果として、探索は延々と続けられねばならず、われわれはそこに豊かさを感じることになる。この豊かさは、必ず文学的な効果に繋がる。文学とはそのような読解の豊かな可能性を最も貪慾に求めるものをいうからである。隠喩の解釈過程における豊かさは、隠喩そのものが持つ隠喩的意味と誤解されやすい。しかし、隠喩は、意味内容は形式的な手続きで一意的に決定できる（多義性も、いくつかの意味が定まるという点では同じことだが）という信頼への撹乱で、もう一つの意味を生みだす過程ではないのである。実際に、隠喩は、その隠喩としての解釈自体が拒否されることがありうるのであり、逆に、その不能になる際にも効果を発揮するものと思われる。隠喩的意味の想定は、後付けの説明によって、〈理解できる隠喩の産出法〉を明らかにするけれども、隠喩の機能について、あるいはそれがどのようにして隠喩なのかについて理解する際には余りたすけにならない。ところで、隠喩とはことなり、直喩に（誤って）もう一つの意味を想定することはない。類似性に直接言及する直喩が求めるのは、意味内容の具体化に過ぎないからである。直喩を表わす文がいずれも真であるように、特に常識を脅かすことがなく、その解釈では（読み手の気づいた）いくつかの類似点が挙がればそれでよいのである。それに対して、隠喩が求めるのは問題解決であるから、隠喩における認知過程と解釈過程とは異なるものである。前者は（解のない）類似性の抽出を目指すものであり、後者は参与者の力関係の中での具体的な解決の提示を目指すものである。そのため、隠喩性とも呼ぶべき隠喩の程度の相違は、解釈者が書き手との力関係によって依拠する解釈装置（この概念には言語文化的・言語社会的含意がある）とのかかわりで決まる側面があることになる。解釈装置は本質的に評価性を内因化しているからである。
論理上必然的な立場ではないが、
発話と世界の［真理］条件とが非両立である場合、条件を固定されたものとして発話が解釈されなければならないと想定する傾向があると指摘している（カギカッコ内引用者訳）。それに対し、テクストの語り手が基本的に無謬である文学では、世界の条件の方が解釈されるという。
類似性に基づく同一化の操作と区別して「見立て」を次のように定義している。
『見立て』とは、（言語と見立てられた）ある記号構造を別の（言語と見立てられた）記号構造に『翻訳』（転移）する操作である（原文全傍点）。
ここでの記述は、Davidson(1978)に多くを負っているが注7、しばしば指摘されるようにその議論は曖昧であるようにも見える注8。大浜（2000）は、議論の曖昧さは、意図の現前を解釈の前提とせず、発話を機械的に正しい意味に結びつける共有された汎用の機構がないことを主張し、にもかかわらずそれを理論化していないためだという（しかし、デヴィッドソン1991：315ff.によれば、そもそも厳密な理論化は不可能なのではあるが）。本論は以下のことを付け加えたい。Davidsonの議論は、隠喩の解釈が「それが隠喩である」という解釈自体とどう関わるのかという隠喩論の伝統的な問題に対して明確な態度を――それが隠喩であると解釈することは、隠喩の解釈の前提とはならないが随伴するという以上には――とっていない。むしろ、隠喩であることと隠喩の解釈との全体を捉えることが強調されているように思われる。但、卑近には「『男は狼だ』は隠喩でない」という取り消し可能性が示すように、書き手において隠喩と意図されていることは解釈にも質的影響を与えるだろう注9。結局、意図の現前を前提する必要は必ずしもないといわれるとき、どのような理論化を経てもわれわれは曖昧さを感じるということだろう。
彼は通常の意味での曖昧な論者というわけではないが…彼についての解説や批判には、『私が彼を理解しているならば』といった前置きがつくことがしばしばある。そのことに驚いてはならない（パスモア1990：119）。
「共有された認識」は、結果であって原因でない。一方が話したことを他方が「理解」したとき、両者で認識は共有されるが、認識が共有されているからといって何かが理解できているというのではない。「共有された認識」の認知的内容について、〈理解は誤解を含む〉とか、その解釈過程について、〈理解は好意的な曲解である〉といったところ「共有された認識」に到る機構は謎である注10。
そもそも、「共有された認識」という概念は、理解に関する素朴な驚きの表明であり、原理の記述ではありえないものだろう。例えば、Davidson(1992)は、会話の成功や理解の構成を保証する原理としてでなく、それが達成されたときに、その時々に後づけで為されるべき議論を示す。それは、Davidsonにも信じられるものでないだろう。実際にDavidson(1992)は言語学上の能力のこの特徴描写は、ほとんど循環論であるがために、間違いであることはあり得ない［引用者訳］
（前掲書）として、循環論であることを認めている。理論的に表明された特定の原理が理解という事実を可能ならしめるのでなく、理解という事実こそが特定の原理の理論的表明を可能にするということは、理解とは、誰かが何かを話し・誰かが何かを理解するということですべてが尽くされ、どのようにして理解に達したのかについての記述は特に必要でないからである。しかも、Davidson(1992)は、事前理論 prior theory
と経過理論 passing theory
という２つの厳密に定義されない概念からなる理論を提案している。前者は聞き手が話し手に対して所持している始動用の解釈理論、と話し手が見なしているもの
であり、聞き手が話し手の発話を解釈するために前もってどんな準備をしているかを表現する
ものであり、後者は聞き手が実際に発話を解釈する仕方
、聞き手が用いるように話し手が意図している理論
である。そして後の部分で経過理論に達する法則はないのである。おおざっぱな格率と方法論的普遍性に対立するものとしての、いかなる厳密な意味での法則もない
と述べている（カギカッコ内引用者訳）。これは「共有された認識」による信用ならぬ解決と同じく（或は全く逆に）、理解が保証されていないにもかかわらず（或はそれ故にこそ）理解に到達しうるという驚きの表明である。同時に、形式的な議論の限界を示唆するものでもある。脱構築派の場合、同じことが字義通りの意味の一意的決定が可能だという幻想に対して表明される（デヴィッドソンとデリダの理論的近似については、森本1987参照）。
発話の理解に関する日常的且つ非形式的な論理を示して見せることは難しく、もし示しえたとしても、そこで説明されるのはわれわれが「理解する」ことを常々行なっているということでしかない。どのようなものであれ、それが理論である以上、全ての場合を満たすことはないだろう。往々にして、理論的一般化は説明力を低下させ、満足すべき具体的説明の獲得は理論の一貫性の障碍となる。理論と説明とに最適な関わりを見いだすことが重要なのではなく、それが現実の場面であれば、理解とは理解に達したことを記述すれば足りるのである。
このような議論の教えるところは、理解の本質は恐らく直感の領域に属するだろうことである。われわれは自らの常識に従っては理解しづらい事柄（特に概念や理論）を、論理的に突き詰めるのでなく、素朴に直感しようとする。ここで「直感」というのは、おおよそ体系的に理論化されていない自然で素朴な信念ないしは確信を指している。直感の概念に依拠した議論は、直感に係る形式を産出する普遍的な機構を想定することができる一方、事物の関係性を推論に還元して理解することはできない。そのため、直感は、典型的には物語の理解や相似性の認識に見られる。物語はあらゆる事柄を描くことができる。これは、非論理的前提（例えば、炎を吐く竜を疑うことなくうけいれる）が『これは何についての作品なのか？』という問いに答える物語の中心概念
（シュスター,シルバーブラットによるインタビュー；シルバーブラッド2001：57）になっているからである。また、あらゆるものがあらゆるものに（同じだけ）似ている以上、われわれはどのようなものの間にもさまざまな類似点を見いだす（また、それを言い表わす）ことができる。その場合、推論はその有効な説明にはならないのである。
論理的な理解よりも直感を優先する傾向は、自然科学に対して顕著であり、それは隠喩という形で現れる。われわれは、真実と思うものを信じることは容易にできるが、科学的真理判断することは困難なのであり、ペレルマン（1980）のいうように、レトリックは大衆化された論理学なのである。しかも、われわれは隠喩に引きずられ――バタフライ効果、カオスの縁、ビッグバン、シュレジンガーの猫、遺伝子の乗り物――本来の理論とは相容れない拡張や時に正反対の理解を構成しさえする。われわれは、隠喩を介して自らの常識を脅かさないひとつの物語を構成するのである。ここで、科学に対する直感の結果が、ということはそのプロセスの全体が隠喩であることが示すように、隠喩には直感による理解行為という側面があると考えられる。そして、科学に対する隠喩的理解が必ずしもはかばかしくばかりないのは、科学を直感的に理解するのが非常識なのに対して、隠喩を直感的に理解しないのもまた非常識だからだと思われる。
われわれは、科学の内容を常識を超えたもの、さらには常識に反したものとさえ受けとってしまうことがある。これは、われわれが真実（事実についての正当な解釈と主張されるもの）が事実（現実のものごと）とは別のどこかにあり、かつそれよりも高尚だと信じがちなことを示唆している。しかし、科学で両者はかなり確実に一致するもので、科学はわれわれの常識のもっとも緻密で厳格な表現にほかならない。科学は、そもそも直感的に理解できるものとは限らず、そうであったとしてさえ非常識なのでもありえないものなのであろう。それがいかに難解であっても、科学の理論を拒否することは、たとえば「超常現象」を受けいれる（それを具体的にどの程度信じ、日常生活にとりいれるかは別の話である）ことと等しく、明らかに非常識である（科学と隠喩とについては、オルトリ＆ヴィトゥコフスキー1999、ソーカル＆ブリモン2000も参照）。一方、隠喩は常識的には判断のむつかしい字義を持つが故に、われわれは論理的理解でなく直感に訴える。それを直感によって理解することなしに非常識を持ち込むことは、隠喩から意味を奪う。「男は狼だ」は隠喩だが「男はCANISLUPUSだ」はそうならないであろう。これは、平均的な読み手にとって、狼の学名はやや高度だからである（一方、隠喩がしばしば理解を助けるとされるのは、平均的な読者にとって身近な対象がＹとして採られたときに、隠喩として解釈されやすいことによる）。このような場合、読み手は、それが自分に宛てられたメッセージでないと判断し、解釈を拒否するだろう。しかし、読み手としてテクストに参与しつつ、それが自分宛でないと考えるのならば、それは非常識に属する。その場合、読み手がどこまでそうするかとは別に、テクストはすべて自由に改竄できることになるからである。隠喩に対して指摘できることは、それが紛れもなく理解できることである。しかも、現実の常識によっては判断できない字義を含むとしても、正当な論理において――真理への一貫した理由づけにおいて科学が科学として受けとられるべきであるように――隠喩はまず字義通りの意味で隠喩として受けとられるべきなのである。そのために、ここで隠喩が直感的に理解されるべきものであることを強調したい。問題は、それがどのようなものであるかということになるが、隠喩と対象の理解との関係については項を改めて述べたい（→1.1.4.）。
隠喩は、しばしば、それが字義通りに受けとられるべきことを利用して、「山田君は間違いなく狼だ」と言われたり、「そうはいっても、男は男だ」（この文は常識的に見て疑いなく真である）と言われたりすることがある。これらは（隠喩を含む）文が真であると主張するものだが、隠喩の真偽を主張できるかぎり（ここで、隠喩に真偽が定まるかは問題でない）文が偽であると主張する場合もありうる（「ＸはＹでない」型の隠喩）。一般に、隠喩において文の値は偽であるが、文として真である隠喩が珍しいというわけではなく(Cohen1975:671)、「山田クンは狼ではない」（橋元1989：158f.）のような場合も隠喩だということができるのである。実際に、文が真となる隠喩があることは、文が偽であることが隠喩の要件（必要条件）とはなりえないことを明らかにする。そのため、Davidson(1978:247f.)は、文の真偽そのものよりも、解釈において偽であると受けとりうること（明らかな偽か、不合理な真であること）が重要だと議論している。言い換えれば、少なくとも隠喩の効果が発生するときには、隠喩は隠喩として解釈されなければならず、そのときには、表現は何らかの形でわれわれの常識を脅かすということだろう。但、「ＸはＹでない」型の隠喩は、「『ＸはＹ（である）』でない」と分析しうる引用形式の表現であり、実際に多くが先行する隠喩（とりわけ死喩）の再利用と見做されるため、表現としては陳腐なものとなる。
ところで、「山田くんは狼でない。」には、構造的に二義的に解釈される余地がある。この文は「山田くんは『狼でない』」とも、「『山田くんは狼』でない」とも解釈できる（同じことは単なる否定平叙文でも成り立つ）。いうまでもなく、隠喩となりうるのは後者の場合（文が偽であると主張する場合）のみである。Davidson(1978:248.n9)が、「隠喩の否定命題は、すべて潜在的に隠喩である［引用者訳］」と指摘しているように、「ＸはＹでない」型の隠喩は、否定命題「¬『山田君は狼である』」（「『山田君は狼である』は命題として偽である」）と解釈される。語はそれ自体に真理値を持たないので、「山田くんは『狼でない』」のように「狼」であるかないかを云々したところで隠喩にはならない。「山田くんは非狼だ。」や「山田くんは狼外存在だ。」も隠喩とはいえないだろう（これらは「山田くんは狼以外の何かだ。」の類とは異なる）。まとめていえば、「(1)男は狼である。(2)山田君は狼でない。(3)したがって、山田君は男でない。(4)狼でない男は男ではないのである。」という一連の表現のうち隠喩でありうるのは(1)である。この場合、(2)は文字通りに真であり、(3)は文字通りに偽である。また、(4)は「男」の二義性による字義通りの文で「人間は動物だが動物でない」と同じである（かかる二義性については、菅野1985：204f.も参照）。したがって、「山田くんは狼でないが狼だ。」の下線部は隠喩（「ＸはＹでない」型の隠喩）でない。たとえば、「山田くんは鈴木でないがイチローだ。」は、〈山田くん〉が〈山田イチロー〉という名前であるとき真であり（もちろんこれは隠喩ではない）、そうでなければ偽である。後者（文が偽である場合）において、「山田くんは鈴木でないがイチローだ。」に隠喩としての解釈が成り立つのであれば（例：野球が巧い、肩が強い）、「山田くんは次郎だがイチローだ。」は隠喩であり、「山田くんはイチローでないがイチローだ。」も当然に隠喩である。但、「山田くんはイチローでないがイチローだ。」の前件（下線部）が隠喩として働いているわけではない（そうあるためには〈山田くん〉が〈山田イチロー〉という名でなければならない）。いったい、隠喩の基本形を「ＸはＹである」と見做すと、「Ｘは［修飾語句］Ｙである」という形式が原則的に可能なのである。具体的には、「山田君は［きっと］狼だ。」「山田くんは［本当に］狼だ」「山田くんは［どこから見ても］狼だ」などが隠喩として成り立つわけである（ここで、文が真であるという主張に係る修飾語句が多いのは、隠喩が字義通りに受けとられるべきものだからであろう）。同様に「山田くんは［狼でないが］狼だ」も修飾語句が挿入された隠喩（文が真であると主張する隠喩交じりの表現）であり、「山田くんは狼でないが狼だ」の下線部は、文字通りに真であり且つ単に字義通りの表現である（隠喩と否定表現との関係は参考図にまとめて示した［※画像が表示されない場合は、参考図のテキスト版を参照］）。なお、これと同じ形式でも「バナナの木は木でないが木である。」は隠喩ではない（バナナの木は形態論上は「草」なので、この文は文字通りに真である）。
隠喩は、明確な言葉で表現できない不確定で曖昧・複雑な全体を理解するための工夫か殆ど唯一の手掛かりと見られてきた。しかし、その限り隠喩は対象をより良く理解するための助けにはなっていない。両者の関係――物語、神話――はどこまでも延長できるが、親しみやすくはなっても何ものも明確にはならない。そもそも隠喩は既知の二つのものから成り立つものが多い。レリス（1986：26f.）は次のように述べている。
既知のすべての対象は相互依存関係によって相互に関連しあっているわけである。これらの対象から任意の二対象を選び出し、それ固有の名辞によって示されているのはどちらであるか、他方の隠喩でないのはどちらであるか、または、その反対を決定することは不可能である。人間は移動する樹木である、と同じく、樹木は根を張った人間である。天空が精妙な大地であるごとく、大地は肥厚した天空である。さらに、私が一匹の犬の疾走を見ているとすれば、それは、同じく、疾走が犬の行為を行なっているのだ。
隠喩が理解の直接の手掛かりでなく、対象となる概念や理論の理解や解釈の文脈を包括的に指し示すものであるとすると、不明確なものを明確なものによって理解する手段とはいえようが、隠喩が特定の命題の表現でないならば、それは既に一つの物語を解釈のコードとして与えていることになる。実際に、隠喩には解釈のコードの手掛かりが意図的に与えられる場合も少なくない。その場合、われわれは〈隠された意味〉の想定に誘引されがちである。例えば、ヴィリリオ（1998：27）は次のように述べている。
芸術は［映画がプロパガンダから芸術的アプローチへ転換するときに］宣伝広告から解放され、あらかじめ消化しやすくされたメッセージから解放されます。宣伝広告の本質は、隠されたメッセージをもつことです。そして芸術の本質は、それ自身以外のメッセージをもたないということです。それはひとつの大きな謎になるのです。
しかし、隠喩は一語か二語で物事の本質を指示するところに本領を持つものと見られてきた。それは、十分に長い隠喩は、たとえ話や寓意と見られるからである。寓意には、それを〈持続された隠喩である〉とするクィンティリアヌスの定義が引き継がれており、「たとえ話」は大掛かりに展開された諷喩である（野内1998）。
たとえ話はそれ自体を解釈すべき文脈を同時に指示するものであり、逆に隠喩の研究は、文脈から切り離された短い切片を取り扱い、その意味を追及する。そのときにも、隠喩には字義通りでないもう一つの意味が与えられる。そうせずには、隠喩の生じる豊かさを説明できそうにはないからである。隠喩に字義通りでないもう一つの意味があるという考え方は、文脈に応じるものであってもなくても、隠喩が本質的に字義通りの意味を失うということである。ボーゼは、隠喩と寓意とを意味の消失という点から整理する。間接的意味を表わすものにあって、隠喩は隠喩的意味を持ち本来の意味を消失するもの（二つの意味を持つ）、寓意は本来の意味を維持して別のことを表わす（一つの意味を持つ）ものであり、隠喩の中には簡潔なもの（一語）も長いもの（語群）もある（ボーゼについてはトドロフ1987：113ff.による）。隠喩論が、意味の失い方に関する理論であれば、言語は全面的に隠喩である――或はヨリ穏当に、隠喩は「標準的な表現」からの逸脱ではないと言いたくなる。
本論の立場は、隠喩と隠喩でない文とは形式においては区別されないが、使用においては相違があるとするものである。そのため、隠喩が意味を失うという直感が信用できるものであっても、別の意味を獲得するというやり方で失うのだと考えることはない。隠喩が意味を失うときには、まったくの無意味か、（類似性の探索に執心して）意味など微塵も顧慮されないという状況が生じていると考えるべきなのである。そして、その限り、Davidson(1978;1992)の言うように、書き手の想定した認知内容を読み手が再現するという図式を採用することはできないであろう注11。また、隠喩が使用の問題であり、嘘や約束や宣言などと同じ類いのものならば、それがテクスト・談話の中でどのように用いられているか問わなければならない――嘘は真実の言及とも約束とも同じ言語形式をとる。
従って、〈隠喩である〉ことは〈隠喩として解釈される〉ことと同じで、隠喩は「たとえである」というより、（隠喩は字義通りの言及でしかなく）「たとえになる」。更に、そうであれば、隠喩はたとえ以外のものにもなりうるという点で、更に多くのものを生みだすだろう。隠喩という言語的形式がまずあり、その反復が寓意やたとえ話となるのではない。
「隠喩的意味」から隠喩を考えようとする研究を、発話でなく専ら単独の文を取り扱ってきたと批判できる（杉本2000）とき、隠喩と寓意やたとえ話とにはっきりと別の名を与え注12、隠喩をこそヨリ価値あるものとする姿勢を見なければならない。隠喩は簡潔でありながら複雑微妙である点で、どのような散文の記述とも交換できない価値を持ち、であればこそ、様々な注釈によって接近されなければならないものになる注13。隠喩が至高の価値を持つ限り、隠喩に接近する批評家も至高の価値を持つ。そして、それは、隠喩の簡潔さに対する注釈の膨大さがその隠喩の価値を固定する点で、寓意やたとえ話には用いえない
［隠された］メッセージを述べ立てようとする批評家は、そもそもにおいて混乱している。もともと存在しないメッセージが都合よく立ち現れたりするわけがないのだ。但、そうはいっても、隠喩の説明や明示が無法だということもない。/ 隠喩の作者が理解させようとすること、あるいは感受性や教育程度の高い読み手が把握していることが理解したいと思うのなら、わたしたちの多くには助けがいることになる。いわゆるパラフレーズの合法的機能とは、無精で無学な読み手に熟練した鑑定者のような見る目を与えるところにあるのである［引用者訳］。
日常会話の中で、隠喩はたとえ話として（読み手に）利用されることが多いように思われる。それが解釈の手掛かりであると同時に、何かを直接言わないところに意味があるのだとすれば、難しい概念を理解するためのものでもなく、豊かな解釈を得るための仕掛けでもなく（日常言語は時に驚くほど詩的なことがあるが、それはわれわれが明晰には語らないからである）、字義通りの意味を失うことを巡る駆け引きなのである――既に述べたように、隠喩が字義通りの意味しか持たないのであれば、隠喩が意味を失う最も効果的方法は、隠喩としての解釈を遂行させつつ、それが隠喩であるという解釈を忘れさせることである。では、隠喩が字義通りの意味しか持ちえないのであれば、隠喩が意味を失ったときに何が起こるであろうか。
一つには、面白さ
（杉本2000）があるだろう。本来、直接に類似性を指示する直喩には対象を理解させる働きがあるが、リファテール（1978：142f.；341.n8）は、駱駝のように腹這いになっている駝鳥
という表現は、「駝鳥」と「駱駝」という語を提示することによるエキゾチズムの誇張であって説明でないという。同じように、日常会話で用いられる隠喩には、明らかに比喩でさえないものがある。会話の文脈にある事物――語とその物理的側面とを含む、を導入することが面白いのである。それは決して比喩ではない。むしろ、語呂合わせや駄洒落に近いのである。そうして、読み手をテクストに釘付けにし、自らを書き手として確保しようとする。また、解釈自体が拒否されるという事態がありうる。既に述べたように、解釈を拒否しながら、接触を解除しない状況は読み手の非常識を表わすが、しかし、「わからない。」「なにそれ？」と言った瞬間に、読み手は会話において自らの優位を確立することになる――すなわち、自分こそが書き手になるのであり、新たな
本論の見解では、日常会話で隠喩が問題になることは殆どないだろう。会話の線的進行は、隠喩が強いる探索すなわち解釈の滞留性（文学の隠喩は慎重なものが陥る落とし穴といえよう）に不利である。従って、日常会話の中の隠喩は受け流される。先に述べた参加者間の駆け引きは、結果としてトピックに注意を引きつける役割しか果たさない。また、隠喩がどこにでもある（日常会話でわれわれは自由に話すから、隠喩はどこにでもありうる）ことは、われわれが字義通りの意味がどこにでもあると信じるのと同型である。字義通りの意味は、嘘に関して問題になるが、ほとんどの隠喩はそもそも明らかに偽である（ここで、隠喩を嘘の一種と見ることが隠喩的意味の想定に繋がることに注意すべきであろう。われわれは、嘘が真実を覆い隠す仮面であると考える傾向があり、その結果、隠喩にもう一つの・本当の意味を求めることになりがちである。そのため、Davidson1978は、隠喩が嘘であるとはいわず、嘘に似ているとしかいわない）。結果として、隠喩の不在は、審美的態度によってしか知ることができないものとなる。ただ文学だけが（自己完結した）非日常でありうるからである。Levin(1979:133ff.)が指摘するように、発話と世界が対立したときに世界が発話に譲歩するのだとすると、それは何かについて知ることが何かが存在すること（と精密に同じ）であるような状況あるいは前提でのみ有効になり、したがって「素朴な」理解では、それは文学以外にないように思われる。つまり、もし詩のことばが字義通りに受けとられるならば、そのときにこそ、そこに描かれた世界はまったくひとつの創造物なのである［引用者訳］
(Levin1979:133)。それゆえに、隠喩は、「陳腐だ。」というものであれ、審美的基準にかかる性質を持っているべきなのである。また、杉本（2000）は、価値評価を隠喩の重要な効果であると主張しているが、あらゆる読み取り可能な情報は評価を前提する（アイゲン2001：16ff.）ものと考えるべきである。例えば、文においては真理値の付与がその端的な形式といえる。つまり、隠喩の効果を価値評価に求めるのであれば、それが審美的基準による価値評価を導くところに特質があるものと考えることになるだろう。隠喩が、単なる類似性の言及（認知過程に類似性検出の神経作用を含むもの）と異なるのも、かかる審美的価値評価によるものと思われる。
ところで、隠喩が意図された類似性の指定でなく、一群の物語を含むものでもなければ、それは、難解なものを平易なものによって、あるいは日ごろ縁遠いものを身近なものによって理解するための汎用の手段ではない。では、隠喩とはどのようなものなのか。
隠喩に関しては、大きくわけて、表現上の装飾・表現の必須手段・認知の必須手段と見る立場がある（レオンダー1979など参照）。本論は、隠喩が表現の必須手段であると考える。但、従来のレトリックは、隠喩には隠喩によってしか表現しえない「意味」があるとの立場からついに文学へと向かった。一方、杉本（2000）は、隠喩には隠喩によってしか表現し達成しえない「産物」があるとの立場から、談話中の隠喩の機能を研究すべきとしている。その解釈が豊かであればあるほど、効果の予測は困難であろうから、往々にして全体に陳腐な表現となる日常の話しことばを対象にすることは現実的な選択といえる。レトリックは、本来、ことばを話すときの〈目的〉と〈手段〉として考えられるものだったが、民主制から君主制になり人々がものをいえなくなった結果、〈内容〉と〈形式〉として文学の美的な観点に関わるようになったものといわれる（トドロフ1978：74ff.）。ここで、直接民主制下のレトリックを弁論術と呼ぶことにすると、説得の術である弁論術では、何を話すかよりもむしろ何かを話すときの態度こそが重要であっただろう。それは主に行動における問題であって（言語行動も態度の一部である）、言語そのものは殆ど問題でない。しかし、現代に生きるわれわれは、それなりに自由にものをいい且つそれが大抵は無駄なおしゃべりであってみれば、ことばも〈目的-手段〉〈内容-形式〉の両面から、すなわち行動と言語の両面から論じられるべきであろう。
杉本（2000）は、隠喩の生みだすものには言語的に明示できないものがあるが、それも正当な隠喩の効果として扱われるべきだと主張し、隠喩を使用する目的は効果を目指すことであるとする。われわれの言語で解釈したり表現したりできないものをわれわれの言語の問題と見做すという議論には、おそらくどこかに無理や誤りがあるのだが、隠喩は明らかにそのような問題を含んでしまうものであり、そのためプラグマティックな発話行動を包んだ行動一般の領域で考察せざるをえないものと思われる。本論の議論では、隠喩は、使用によって「たとえ」にもなればそれ以外のものにもなるという点で、コミュニケーションの始発点として働くという以外にはいいようのないものになる。
隠喩を研究する場合には、解釈が意味論上の操作に還元できないように、認知過程と解釈過程とを混同すべきでない。解釈過程とは、神経化学的作用だけでなく、コミュニケーションの上に位置を占めるものである。Dawkins and Krebs(1978:285)が、動物が、それ自身に平均的に有益な方法で環境に応答するように選択淘汰されるという事実の必然的な副産物として、他の動物は、それら自身のためにその応答を転覆するように選択淘汰されることがある。これがコミュニケーションである［引用者訳］
と述べているように、コミュニケーションとは単なる情報の伝達でなく、個体間の力関係の熾烈な競合を伴うものである。隠喩はコミュニケーションの観点から論じられるべきであり、そのときには参与者間の力関係が問題にされるであろう。
読み＝テクストの解釈で、読み手は、書き手の認知的想定を再現するのでなく、主体的にコミュニケーションの回路を開くことで、共時的な相互性と（歴史的な）間テクスト性との交点となる。メタファーは、概念を別の概念のカテゴリーに結びつけるというより、むしろ、話し手を本質的に他者である聞き手と結びつけるのである。坂部（1989：145）は、隠喩化の作用［は］…ひとつの主体が、これまで疎遠であり無関係であったいまひとつの主体とみずからを関係づけるはたらきないし能力に対応するものと見なされうる
と述べている。
1.1.4.および1.1.5.で議論した通り、隠喩は、たとえられた対象の理解の促進を生じることはないが、対象を親しみやすいものにし、飼いならすことはありえる。そして、それは、書き手の側から見れば、コミュニケーションに「読み手」という他者を取り込むことと同じなのである。隠喩として解釈されるものこそが隠喩であるから、隠喩は、読み手をテクストに招き入れるものだといえるが、同時に、彼がどのような読み手であるべきかを定めようともする。隠喩は、高尚な読み手と平均的な読み手とを別々の入り口から招き入れるのである。批評や註解としてよく知られたこの事実は、書き手と読み手との力関係を左右する。
隠喩は歴史的経過によって無効となるのではない。例えば、嘘は、それが昨日の約束であったにせよ、今日ひとたび私にとって嘘であるとすれば、それが嘘でなかったことは一度もなく、それが嘘になった瞬間も一度しかないのである。一般に、人はある振る舞いをすることによってある存在でありうるものであり、ある存在である以上は一定の責務を負うからである。いいかえれば、人は何をするかによって何者であるかが決まり、何者であるかによって何をすべきかがわかるのである。このことは、未来の行為（その実行）が過去の行為（その約束）に縛られることに端的にあらわれる（これは、すべて倫理的な要請である）。かかる連鎖によって、われわれは、何かでありたいと願い、また、その価値を実現すべく行動するものである。何をしたいと思う人になりたいかによって何かをしたいと思うということであり、人は自分が約束を守る人でありたければ約束を守ろうとするし、そうでなければそうしないであろう。約言すれば、約束は始めから守られる（約束である）か、守られない（嘘である）かのいずれかなのである。
Davidson(1978)は、隠喩は一度かぎり隠喩になるもので、隠喩は隠喩であり続けるという注14。これは、隠喩が意味でなく使用あるいは効果の問題であることを示すものである。たとえば、ハッキング（1989：306）は［隠喩は］文に、新しい意義をつけ加えているのではない。…［隠喩に］短時間だけつけ加わる新しい意義といったものはないのである
と述べている。だが、ここで隠喩に箴言・警句として通用するものが少なくないことに注意する必要がある。箴言は、一人の智慧が万人の財産となったものだ。身体の軌跡を受肉させ経験を造形することは、引用によって万人の知識の一部（常識！）となる。引用は、反復や過程の複製でなく、しかも、創造の則ち類似性発見の瞬間を含まない形式の複製である。従って、隠喩は新奇性のみによっては規定されず、また、明らかに隠喩であるとして利用可能な形式が存在する（死喩についてはリクール1989など参照）。そして、隠喩が一度だけ創造されたという確信は、権威や権力を書き手に帰属させることになる（複製の歴史的回路と権力の問題についてはベンヤミン1999を参照）。
［隠喩について］新奇性は問題でない。表現というものは、最初に出会ったときに、新品の字義的な役割に関する正当な評価を割り当てられるものなのであって、ある文脈でひとたび隠喩とうけとられた表現は百回聞いたところで隠喩であり続けるのである。［引用者訳］(Davidson 1978:244)
メタファーから「隠喩的意味」の想定を外すと、それが言語的に明示できない言語的問題を孕むという困難を生じうる（→1.1.5.）だけでなく、隠喩の解釈が無限だという帰結も生じる。隠喩が、隠喩的意味に限定されないのであれば、どのような解釈や、いかなる（社会的・文化的）機能を導いても、それを可能にするような要素や状況は常に存在しているはずである。何を言っても正しいのであれば、隠喩の研究は汲めども尽きぬ魔法の泉であろうか。
隠喩的意味から解放された隠喩研究の理論上の課題は、「隠喩的意味の決定」を「隠喩の使用の目的の達成」と言い換えて、その条件の定式化が可能かどうかということになりそうである。しかし、われわれの行動が明らかに環境に限定されているとしても、われわれが行動する環境は、静態的記述だけでなく、われわれの行動自体が環境と相互作用をするからには、行動（決定）の基盤として環境（状態）を限定して示すことは難しい（山田1997）。このことは、意味が文脈に限定されているにしても、意味決定を含む特定の解釈に対する文脈の条件を限定して定式化することはできない（カラー1985：197ff.）ことと平行する。コミュニケーション行動という一階上の観点を採用しても、環境との相互干渉は難問である（もっとも、この問題は、必ずしも理論が直ちに直面するものではない。例えば、場面と状況とを区別し、場面との関係では類型的に・状況との関係ではその場限りに決定されるということもできるかもしれない）。
いったい、コミュニケーションを通じて目指されるのは、自らの利益を最大化することであり、言語表現において、その目的を（部分的に）達するのは、殆どの場合に書き手である。しかし、個々別々の状況で、参与者自身が利益を評価する汎用の基準はないであろう。自らの利益が精密にどのようなものであるのか常に知っている書き手はいないからである。書き手や読み手は、様々な戦術によって自らの利益を確保しようと振るまい、（試行錯誤を通じ）平均的に見てそのことに成功しているにすぎない。最大の利益を求めながら常にそこそこの利益で満足することで、われわれはうまくしおおせているというべきだろう。しかし、それは成功なのであり、それはわれわれが生きている、つまり情報を発信し続けているという「事実」によって裏づけられる。
言ってみれば、隠喩の最大の効果が、隠喩の使用可能性であるという循環の中で、隠喩の効果とそこに関わる要素との関係の階層化された一覧表を作るために、隠喩の研究は続けられることになるのかもしれない。
隠喩と換喩とは、しばしば転義法の最重要の二項としてとりあげられる。特に、ヤコブソン（1973b）が両者を言語表現の二大原理として対置したことは「修辞学が『文彩』という唯一の種の下に同定されるようになった（バルト1979：141）」ことの象徴的な帰結といえる。しかし、この二分法に対し、野内（2002：31ff.）は、相似性の原理に隠喩をあてることを「根本的な錯誤」とし、正しくは提喩と指定されるべきと論じている。これは、ヤコブソン（前掲書）が提喩を換喩の一種と見做すのに対して、提喩が換喩と区別される独自の比喩だという主張を含むものである。本邦では、佐藤（1978）以来、提喩を加えた三分法が熱心に説かれており、提喩が換喩と本質的に区別しうるかについて根本的な対立が見られるのである。以下、両者の見解に基づいて提喩について考察してみたい。
提喩を換喩の一種とする考えは、修辞学の伝統的見解である。他方、佐藤（1978）は、提喩を独自の比喩であると論じる。これを承けて、瀬戸（1986, 1995, 1997）注15は、隠喩・換喩・提喩の三者をレトリック認識の点から明確に区別している（→図1.1-1）。同じく、野内（1998, 2000, 2002）は、〈全体-部分の関係〉による換喩と、〈類-種の関係〉による提喩とは明確に区別されなければならないとしている。
野内（2002：49ff.）は、シネクドキとメトニミーとの混同の原因は、『上位−下位』関係から成る『類−種』の立体構造を『大−小』関係から成る『全体−部分』の平面構造にすり替えてしまうことにある
として、換喩と提喩の図示のしかたも混同に多いに関係していると説く。〈全体と部分〉の換喩は図1.1-2のαのように図示されなければならず、βのように図示することが提喩との混同を招くというわけである。しかし、このαは奇妙なものに思える。図1.1-2のαは、全体と部分との関係を部分の間の大小関係に読み替えることで成り立っている。その結果、点線の矩形によって部分Ｂとヨリ大きな部分Ａとを包摂する第三項が要求される。しかし、野内（前掲書）が繰り返し注意するように、換喩で求められるのがＡとＢとの「事実的関係」であるならば、点線の矩形は必須でないはずである。その関係（ここでは大小関係）が、比較によって構成されるものであるかぎり、Williams(1985:17f.)が指摘するように、両者を包摂する第三項を必須と見做すのは論理的に誤りなのである。したがって、換喩を図1.1-2のαのように図示することは適当ではなく、βのようにしか図示しえないであろう。
また、佐藤（1978）・瀬戸（1986）に依拠して、換喩と提喩とを直感的推論のモード
として区別する楠見（1990）は、両者を図1.1-3のように示している。これを眺めると、図1.1-4のように示すこともできそうに思える。そして、その限り、野内（2002）が、換喩を平面構造・提喩を立体構造と見立てることが、恣意的な比喩ではないかという疑念が生じてくる。
瀬戸（1997：164）は図示そのものが幻想を生み、理論的混乱の原因となる
と指摘しているが、提喩と換喩とが区別しがたいことは、別に図示の問題ではない。野内（2000：30f.）は、提喩を認知的なプロトタイプ化に基づくものとし、仮想的であれ現実的であれとにかく事実世界に深く関わる文彩である
（同書57）換喩と区別している。同様に、瀬戸（1995, 1997）は、〈類と種の関係〉（→提喩）は意味の上の関係であり、事実の上の関係である〈全体と部分の関係〉（→換喩）と厳密に区別されるという。確かに、瀬戸（1997：50,163f.）のいうように、「桜は花の一種」であり「枝は桜の部分」である。しかし『類−種』関係も『全体−部分』関係の一種であるというのは、少なくとも日常の用語法では許されるはずである
という主張は正確でない。「花」が〈花の種類〉のメタクラスであるときに、「桜は花の部分」であることは論理的に正しいと思われる。また、類と種の関係が意味の上の関係であり、全体と部分の関係が事実の上の関係であるという主張も――日常の用語法では許されようが――論理的には不当（菅野1994：154f.）である。
つまるところ、提喩が〈類-種の関係〉によることを認めても、それは〈全体-部分の関係〉による換喩の下位類であると――少なくとも論理的には――考えられるべきである。以下、この点をさらに詳しく考察してゆく。
ヤコブソン（1973b）によれば、隣接性の異常では、いわゆる文法が失われ、統辞法の話線への顕在や言語単位間の階層的な関係が維持できないものとされる(前者は結合の言語的操作に含まれる連鎖の異常、後者は同じく共起の異常である）。その結果、隣接性の異常では隠喩的性質が現れると説明される。一方、相似性の異常では、隣接性に基づく語の置き換えが生じるとされ、それらはすべて換喩だと説明される。相似性の異常は、また、対象言語と同じ体系をメタ言語として用いる能力の喪失であるとも見做され、表意するものと表意の対象および両者の関係を統一的に捉える能力の欠損であると考えられる。したがって、相似性の異常では指標あるいは写像［本論の用語では類像：引用者注］から、それ相当の言語的な象徴へ移行することができ
（ヤコブソン前掲書31）ず、患者のことばは指標にとどまるのである。このとき象徴は、かれ［パース］も力説しているように、そのなかに類像と指標との双方か、あるいはどちらかひとつを摂りこむことができる
（ヤコブソン1984：53）が、十全な言語表現が範列と統辞との二重の操作を受けるように、象徴は類像（の性質）と指標（の性質）とをとりこむことになる。
ヤコブソン（1973b）が、提喩を換喩の一種と見做すことは、畢竟、ソシュールに抗して、結合の中に共起と連鎖との二重の操作が含まれるとする主張と並行するものと見るべきだろう。ヤコブソンの議論では、音素において共起する各素性は隣接関係に置かれるが、素性と音素とは上位-下位の包含関係にあるといえる。音素はその上位単位内における機能によって捉えられ、音素があることは上位単位があることによってのみ示される（上位単位は究極的に表現の全体に行き着く）のである。ここで包含関係と隣接関係とに、瀬戸（1997）が示すような区別（後者のみが現実の関係である）が成り立つのであれば、話線での要素の継起的連鎖のみが現実であることになる。しかし音素は機能する、ゆえにergo、音素は存在する
（ヤコブソン1977：101）という立場からは、共起もまた現実なのである。したがって、提喩は換喩と本質的に区別できないものと見做される。また、提喩が換喩の下位類になることは、ヤコブソン（ヤコブソン＆ハレ1973：88f.）が、音素と音とを〈類-種の関係〉と見る立場を不十分であると見做し、特質の抽出という〈全体-部分の関係〉に係るものとすることからの当然の帰結というべきだろう。
すでに述べた通り、野内（2002：32）は換喩と対立させるべきなのは隠喩ではなく、提喩ではあるまいか。われわれの知るかぎり、この点を指摘した論者はこれまでなかったように思う
と述べている。しかし、この指摘が特に新しい議論であるとは思われない。
ヤコブソンは、最も頻繁にチャールズ・パースの学説に言及する言語学者の一人としても知られているが、Peirce(2.277)は、隠喩をhypoiconの下位分類に立てている。hypoiconの同じ下位分類にあって、一次的なものはイメージ、二次的なものは図表である。つまり、隠喩は、表意の対象である第一項［Ａ］と表意する第二項［Ｂ］とを視点となる第三項［Ｃ］において統一することを表意の対象［Ｘ'］とする類像（的性質を持つ表意記号）［Ｘ］ということになる注16。しかし、Todorov (1973:17) は、修辞学用語では、類像は隠喩というよりもむしろ提喩である［引用者訳］
と指摘している。これは、前述の野内の指摘と基本的に同じ議論であるといえる。この異論に対して、Sebeok(1975:255.n3)は、提喩は、ほかの換喩と同様、その規定に収まる点で、明らかに指標に属する［引用者訳］
と反論している（類像については、Sebeok1976も参照）。ここで、指標とは記号とその表意する対象とが隣接する関係にあるもの、言い換えれば、対象のサンプルである［引用者訳］
(Sebeok 245) 記号をいう。修辞学へのヤコブソンの最大の貢献が、「隣接性」の概念のもとに曖昧なものを括って換喩を隠喩と対比させたこと（樋口1995：36f.）だともいわれるように、ヤコブソンの「隣接性」の概念は雑多なものを含んでいて一見明瞭でない。但、「隣接性」に対する瀬戸（前掲書211ff.）の論難に対しては、菅野（前掲書155）が指摘するように、「隣接性」を〈全体-部分の関係〉と読み替えればよいであろう。隣接性を、一方が他方のサンプルとなる関係と説明するSebeokの反論も、同様の指摘であると考えられる。
また、シービオク（1991：282）によれば、換喩は「或るものをそれの指標のひとつで置き換える手法」だが、指標は、Peirce(2.248)によって次のように説明される。「指標は、対象に影響される限り、それが表意する対象と必ず何らかの性質を共有する。そのため、特別な種類のものであっても類像を含んでいるのである。但、何がそれを記号にしているかという点でいえば、単に対象に類似しているということでなく、対象によって実際に限定されているということなのである［引用者訳］」。指標は対象と似ているのであり、たとえば、Peirce(2.248)によれば、写真は類像でなく指標である。したがって、換喩も類似性を含むものと考えることができる。野内（2000：20ff.；2002：32ff.）は、提喩が直接的類似性
に基づいていると指摘し、換喩と対立するものと議論しているが、提喩に類似性が認められたとしても、それは提喩が換喩の一種であることを妨げるものとはいえないのである。
提喩が換喩と同じ原理に基づいているとしても、提喩の概念は無効でない。ヤコブソン（1973a：211）は隣接性に相似性が重ねられたものとしての詩においては、換喩はすべていくらか隠喩的であり、隠喩はすべていくらか換喩的色彩を帯びている
といい、バルト(1971：193）はメタフォールの系列はすべて統合化されたパラディグムであり、メトニミーはすべて、凝結して体系に吸収された統合である
という。このような相互浸透を理解する際に提喩を利用することは、悪いアイディアでないと思われる。すなわち、隠喩は提喩に似ているのである。
隠喩の基本形を「ＸはＹである」と仮定すると（→注４）、隠喩は「ＺにおいてＸをＹと見做す」という三項関係に組み替えられて解釈されるべきものである（→1.1.2）。そのため、隠喩の解釈はＸとＹとの類似性の探索を含むが、適切な視点Ｚが形式的に決定不能であるため、しばしば視点Ｚが棚上げされて（特に死喩化したものでは）「Ｘ［個］は一種のＹ［類］である」と理解される。その場合の二項的な理解は、提喩の原理と類似したものであるといえる（→図1.1-5）。
野内（2000：77ff.；2002：73ff.）は、隠喩と提喩との違いを間接的類似性
と直接的類似性
という概念で説明しようとする。しかし、そのような曖昧な概念によるまでもなく、二項関係に基づく提喩は、本質的に三項関係の文彩である隠喩とは原理においてまったく異なるものと考えられるのである。隠喩が提喩に似ているのは、その具体的な解釈において、第三項の論理的な決定が困難だからである。そして、この困難も隠喩の豊かさを生じるもののひとつなのである（→1.1.2）。それに対して、野内（2002：73）は、隠喩を『類似性』に基づく『見立て』
であり『ＸをＹとして見る』ことだ
と規定している。野内の議論は、換喩の原理の説明に必須の第三項を推定し、隠喩を二項的に説明する点で、まったく転倒したものに思われる。そして、それが提喩を換喩と区別しようとするために生じることは明らかであろう。
旧修辞学がその分類においてひとつのラベルを与えたように、表現の中に、提喩として説明すべき文彩のあることは事実であろう。また、換喩と提喩とを異なる日常的論理と結びついた表現と認めることもできると思われる（この点では、笠貫(2003)の議論が説得的である注17）。その点で、換喩を隣接性すなわち〈全体-部分の関係〉による文彩、提喩を〈類-種の関係〉による文彩と見做すことは正当であろう。しかし、換喩と提喩とは同一の形式的な原理に基づいていると考えられる。提喩は換喩の一種であり、野内らの三分法は論理的に失当である。
提喩と全体-部分の換喩の区別は明解に認めたうえで、両者が共通のイメージスキーマで捉えられることを指摘するのが本旨である（多門2002：2）のならば倒立した議論に思われる。
要約：隠喩は、字義通りの文（文の真理条件）を用いて聞き手の常識を脅かすことによって、聞き手にさまざまな解釈を引き起こすように〈意図〉するコミュニケーションの手段である。換喩は、現実世界での〈全体-部分の関係〉に基づいた記号の用法である。また、提喩を換喩と区別する説があるが、提喩は換喩の一種と見るべきものである。（→図1.1-6）